一乗谷朝倉氏遺跡

 越前の戦国大名朝倉氏が拠点を置いていたのが一乗谷。城下町は南北約1,700mに及び、北陸の小京都とも呼ばれるほど隆盛を誇っていたといいます。

下城戸跡

下城戸跡

 下城戸は、東西の山が迫り幅が約80mと最も狭まった谷の入口に設けられた重要な防御施設で、高さ4.5mの土塁と幅約10m・深さ約3mの濠がありました。

下城戸跡

下城戸跡

 出入口部には、巨大な石を積み上げてあり、中には40トンを超すものもあるそうです。

唐門

朝倉館跡入り口の唐門

 朝倉館跡は、5代当主朝倉義景が住んだ館の跡で、入口にある唐門は、豊臣秀吉が一乗谷検地の際、朝倉氏の菩提を弔う為に館内に建立した松雲院の山門だったもののようです。隆盛を誇っていた頃の朝倉氏の館の正門であれば、もっとずっと立派なものだったろうと思われます。

朝倉館跡

朝倉館跡

 現在「朝倉館跡」とされているのは5代・朝倉義景の館の遺構で、1辺が100m以上にも及ぶ広大な敷地に16棟余の建物群や庭園・花壇などが確認されています。

湯殿跡庭園

湯殿跡庭園

 朝倉館跡を見下ろす高台にあり、一乗谷で最も古い庭園とされています。戦国大名の庭らしく豪壮で力強い趣があるようです。

英林塚

英林塚

 初代・孝景の墓。孝景は初めて一乗谷に築城し、5代・義景まで100年間の朝倉氏繁栄の基礎をつくりました。

諏訪館跡庭園

諏訪館跡庭園

 諏訪館は朝倉義景の妻「小少将」が居住した館であったといわれ、その庭園は一乗谷で最も規模が大きい庭園のようです。上下2段の構成になっていて、下段の滝石組には高さ4m13cmの巨石が使われているそうです。

上城戸

上城戸

 上城戸は城下町の防御を目的とし、北側の下城戸と対をなしています。土塁の長さは105m、高さは5mで、上部に塀、外側に濠があったようです。

復原町並

復原町並

 復原町並みは、約200mにわたる道路に面して整然と並ぶ町並みを発掘調査で見つかった塀の石垣や建物礎石をそのまま使い、出土品に基づいて忠実に再現したものだそうです。

復原町並

復原町並

 町家は、建物が直接道路に接し、面積が小さく、裏庭に井戸やトイレなどがある単純なつくりのようです。

復原町並にて

復原町並にて

 9月中旬~10月上旬の土日祝には戦国城下町再現イベントがあるみたいで、土曜日に行ってラッキーでした。風情を感じられる衣装の人たちは素人劇団の人だとか。

復原町並にて

復原町並にて

 「写真撮らせていただいていいですか?」とお願いすると、気軽に撮影に応じてくださいました。この方々は地元の人のようでした。

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