感状山城を攻略しました

感状山城

感状山城跡

感状山城は現在の兵庫県相生市にあった城で、鎌倉時代に創築されたと伝えられています。

その後、南北朝・室町期になると、守護赤松氏一門の居城となり、建武3年(1336年)には、新田義貞軍の侵攻に対し、赤松円心の白旗山城に呼応した赤松則祐がこの城にたてこもって防戦し、その戦功により足利尊氏から感状を与えられ、感状山城と呼ばれるようになったと伝えられています。

現在、石垣や建物跡・礎石、井戸跡などが比較的よく残っていますが、これは戦国時代にこの周辺を支配した宇喜多(浮田)氏の手によって改修されたものではないかという説もあります。

羅漢の里のいこいの広場

羅漢の里のいこいの広場

登山道

登山道

感状山の麓に「羅漢の里」があります。そこに駐車して、まず感状山城跡に行きました。

井戸跡

井戸跡

帯曲輪

帯曲輪

南曲輪群の石垣

南曲輪群の石垣

城跡は見応えがあり、しっかりした歩道がかなり上までついていて、 ★4個以上の価値は十分にあると思いました。

かかし

かかし

羅漢石仏

羅漢石仏

感状山を下りてから、「羅漢石仏」などを見たり、周辺を散策したりしました。

羅漢の里近くの彼方此方の田圃には、手の込んだ作りの「かがし」が何体も立っていました。

羅漢の里では、毎年11月の第2週目に「もみじまつり」があり、メインイベントとして、アイデアいっぱいの約千体の手作り「かがし」が並ぶのだそうです。

私が行ったのは「もみじまつり」が終わって何日もしてからですが、その「かがし」のいくつかが残っていたのでしょう。

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