屋島に行きました

屋嶋城

屋嶋城は、白村江(はくすきのえ)の戦い(倭国・百済の連合軍と、唐・新羅の連合軍との間で 663年に朝鮮半島の白村江で戦われた)の大敗の後、唐・新羅の侵攻に備えて北部九州から瀬戸内海沿岸にかけて(百済人技術者の指導のもとに)築かれた朝鮮式山城の一つと考えられているようです。

修復された城門

修復された城門

平成19年度から高松市が進めてきた屋嶋城跡城門遺構整備事業が完了し、現在修復された城門が公開されています。

※城壁は高さ約6mで、推定高さが7mに及ぶ箇所もあるそうです。

※屋嶋城の城壁は山上を全長7kmに渡ってめぐらしていたと考えられているそうですが、そのほとんどは天然の崖を利用したもので、人工的に築かれていた城壁は1割程度だといいます。

※城門には懸門と呼ばれる約2.5mの段差が設けられ、敵の侵入を拒む構造となっています。普段は梯子をかけて出入りをして、敵が攻めてきたら梯子を外して、外から侵入できなくしていたようです。

城門の上側城門の入口入口の石段懸門城壁城壁

※城壁の薄い灰色の石は、修復のときに補った石だそうです。

冠ケ嶽

屋嶋城を見た後、山上南端の冠ケ嶽に行きました。
冠ケ嶽からの眺望冠ケ嶽からの眺望

談古嶺展望台

冠ケ嶽から景色を見た後、北嶺方面を目指して歩き、途中の談古嶺から景色を楽しみました。
談古嶺からの眺望談古嶺からの眺望

遊鶴亭

遊鶴亭は北嶺の北端にあって、広範囲に瀬戸内海の眺望を楽しむことができました。

遊鶴亭からの眺望

遊鶴亭からの眺望
長崎ノ鼻から見た遊鶴亭(中央の山上にあるのが遊鶴亭)

長崎ノ鼻から見た遊鶴亭(中央の山上)

千間堂跡

千間堂跡

ここは予定に入れていなかったところですが、遊鶴亭から駐車場へ戻る途中にあったので、寄ってみました。

唐僧鑑真が都に向かう途中に来山し一宇を建立し普賢菩薩を安置したのが屋島寺のはじまりだそうなのですが、ここがその場所で、「千間堂」と呼ばれる仏堂があったのだそうです。

建築年代は平安時代中期(10世紀前半)頃で、伽藍配置は仏堂を中心に小規模な建物が点在していたものと想定されているようです。

屋島寺

駐車場傍の休憩所で昼食&休憩した後、屋島寺に行きました。

屋島寺

屋島寺
屋島寺宝物館

屋島寺宝物館

宝物館では、屋島寺に伝わる秘法や源平合戦に関連した収蔵物などを見ることができました。

長崎ノ鼻

霊巌茶屋で休憩&かわら投げをした後、屋島北端の長崎ノ鼻に行きました。

長崎ノ鼻

長崎ノ鼻
長崎ノ鼻砲台跡

長崎ノ鼻砲台跡

文久3年(1863)幕府の命でここに砲台が築かれたそうです。(海に向かって上、中、下の三段に分かれていて、中、下段には大砲が3門ずつ備えられるようになっていた)

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